家政と台所(2)モダンな台所改善と「女中」

昭和はじめの「生活改善運動」では、台所改善プランがさかんに紹介されるようになりましたが、そのプランではまだ「女中」が台所の働き手として想定されていました。
早川タダノリ 2026.09.06
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昭和3(1928)年に生活改善同盟会が出版したパンフレット『新しい台所と臺所道具』巻頭には、台所「改善」の見本として、田園調布など高級住宅地のお屋敷にしつらえられた台所の平面図が掲載されていて、昭和初めにおける上流~中流家庭の自慢の台所を見ることができます。島型の調理台やガスこんろ、シンクを備えたモダンなもので、隣接する食堂への配膳窓口など、当時最先端のアイディアが凝縮されています。

もう一つの特徴は、どの台所プランも女中部屋と接続されていることです。これらの台所デザインは、女中が台所で働くことが前提とされたものだったのです。

図版:生活改善同盟会編『新しい台所と臺所道具』(同会刊、昭和3(1928)年)巻頭口絵より、赤坂区(現在の港区の一部)桧町にあった髙橋貞太郎氏邸台所見取図。大正15(1925)年に完成したばかりの同邸には、台所に隣接して「女中室」(左図、矢印部分)が配置されていた。右下図の右から二つ目のトビラが女中室への出入口となる。

図版:生活改善同盟会編『新しい台所と臺所道具』(同会刊、昭和3(1928)年)巻頭口絵より、赤坂区(現在の港区の一部)桧町にあった髙橋貞太郎氏邸台所見取図。大正15(1925)年に完成したばかりの同邸には、台所に隣接して「女中室」(左図、矢印部分)が配置されていた。右下図の右から二つ目のトビラが女中室への出入口となる。

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